みんなで持ち寄り旅のスケッチ

白川郷:静謐の音

カリプソ

二月の白川郷には、五十センチほど雪が積もっていました。これでも少ない方で、例年は数メートルの積雪があるのだそうです。合掌造りの屋根は、まだまだ余裕の表情で雪の重みを受け止めており、雪帽子をかぶった祠の中では、小さなお地蔵さんがほっこり笑っていました。家の中に引きこもっている村人に代わって、旅人たちを歓迎しようというのでしょう。今朝供えられたばかりの花が、お地蔵さんにぴたりと寄り添っています。
花以外で目に入る色といえば、家の壁のこげ茶、道路の黒と雪の白。まるで水墨画のような風景が広がっています。雪が降ると、世界はどうしてこんなにも静かになるのでしょう。一つ一つの屋根の下にはそれぞれ住人がいるはずなのに、生活の音は少しも外にもれてきません。午前から午後の早い時間にかけては、旅人の姿もあまり見当たらず、たまに曲がり角から姿を現す旅人たちも、ゆっくりとした足取りで言葉少なに歩いていきます。もしかすると彼らが出す声を、雪が吸い込んでいるのかもしれません。雪自身の音――雪が長靴に踏みしめられたり、屋根から地面に落ちたりする時に立てる音は、他の世界から聞こえてきたように遠く、くぐもっています。
私が白川郷を訪ねた日には、時折雪が降りました。さすが豪雪地帯だけあって、一度に降る量が半端ではありません。最初の一片が鼻先に漂ってきたと思うと、あとは前後左右に舞い乱れる雪、雪、雪。空が薄墨を刷いたようにかき曇ります。軒先に下がったツララが心なしか長くなったように見えるのは、こんな時です。

しばらく待っても雪が止まないようなら、茶屋に引っ込んだ方が無難というもの。
ガラス戸の奥では、ストーブが小気味よく燃えています。私はストーブの横の特等席を取り、温かい団子汁を平らげました。体はぽかぽかしてくるのですが、不思議とおしゃべりをする気にはなりません。黙ってストーブの火を見るか、空になったお碗を名残惜し気にのぞくかです。外ではまだ、雪が降っています。雪と一緒に降ってきた静謐の音が、しんしんと茶屋にしみこんできます。                                     (2000年2月)

追記:このスケッチのBGMは、サイモン&ガーファンクルのThe Sounds of Silence
です。そのまんまの選択ですね :)。白川郷で静謐の音に聞き入りたい方は、どうぞ午前中に訪問なさってください。午後の遅い時間になると、観光バスがたくさん押し寄せてきます。

from_calypso@hotmail.com

白川郷の地図
http://shirakawa-go.org/shirakawa/f1.html

白川郷(日本語/English)
http://shirakawa-go.org/