渡辺節子の旅のスケッチ

啄木の故郷と早坂高原
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ドライブや、観光バスの旅も無駄がなくていいが、路線バスにあてもなく1人でぼうっと乗ってみるのも、思わぬ発見があって楽しい。
連日35度を超える真夏のある日、盛岡から路線バスで片道2時間半、日本3大鍾乳洞の一つ龍泉洞に涼みに行った。龍泉洞も涼しかったが、道中がよかった。

早坂高原
早坂高原
Copyright1999 Setsuko Watanabe
バスの相客は、地元の女子大生2人だけだ。
市内を抜けると、赤松、白樺、ダケカンバの林。
道端にはキキョウ、葵。トウモロコシ、豆の畑もある。
すれ違う車も、途中で乗り降りする客もない。
30分もすると、ジグザグの上り坂になる。
タイミングよろしく道路標識に、<君死にたもうことなかれ>と与謝野晶子の詩がでてきて、びっくり。
なるほど、ここは、晶子を師と仰ぎ、慕って上京までした石川啄木(1886−1912)の故郷、旧渋民村、現在の玉山村なのだ。

左側にセルリアンブルーの美しい岩洞湖が見え隠れする。
なだらかな丘陵を背景に白樺林を通してみる湖は、北国独特の凛とした透明感がある。
静寂の中、白樺がそよぐ。湖面がさざめく。
薪を外壁に積みあげた瓦葺きの家がポツンポツンとある。
北欧の画家が好んで住む森と湖の地域、スエーデンのダーラナ地方を想わせる実に美しい風景だ。 追い出されてもなお、啄木が、終生、懐かしんだ渋民村を、目にして、、
啄木歌集を読み直してみた。 故郷を詠む詩の多いこと。

石をもて追はるるごとく
ふるさとを出しかなしみ
消ゆる時なし      石川啄木


かにかくに渋民村は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川      石川啄木

<おもひでの川>をせき止め、灌漑、発電用の岩洞湖ができたのを見たら、啄木は何と謳うであろうか。

バスの女子学生は、日本共通の若者言葉で話し続けているのだが、テレビで習い覚えたのだろうか、語彙は限られ、没個性の空疎な言葉のキャッチボールだ。
日本人が習い覚える流ちょうな英語も所詮こんなものかもしれない。
実感がないのだ。ただ話す為に、言葉を空しくやりとりしているように聞こえた。
彼女達は、家族とは、もっと表情豊かなお国言葉で、<心から>感動したり、語り合ったりしているのだろうか。

はじめてみちのくの旅をしたのは、高校生の時だ。
八幡平の紅葉にも、蔵王のお釜にも感動したが、東京育ちの私が、一番心打たれたのは、表情豊かなお国言葉だった。
それが消えてしまうのは、ますます文化が中央集権化、画一化されるようで、さびしい。

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく      石川啄木
という事も無くなってしまうのだろうか。

早坂高原
しらかば仕立ての水道(早坂高原)
Copyright1999 Setsuko Watanabe
坂を登り切ると早坂高原(海抜916メートル)。ここが大陸分水嶺だ。ここから西の水は、北上川に注ぎ、東は、太平洋に流れこむ。
広々と美しい草原は、白樺が点在し、花咲き、岩手短角牛が草をはんでいる。
昔は、盛岡から太平洋岸への牛追いの道の最難所だったそうだ。

龍泉洞までもう1時間、路線バスの旅はまだまだ続く。


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 啄木の故郷玉山村

Copyright1998 Setsuko Watanabe


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