夕食後は歌舞で歓迎だ。広々とした草原で長い歳月生活してきた民の歌と踊は、豪快で荒削りな風格がある。モリンフール(馬頭琴)の伴奏で歌う声も広い草原に響きわたるように朗々としている。
名前の由来を伝える民話がある。馬頭琴は、棹の先に馬頭の彫刻を施した蒙古族特有の2弦の胡弓だ。
調弦は5度。名前の由来を伝える民話がある。
草原の貧しい羊飼いの少年スーホが、瀕死の白い小馬を助けた。小馬は成長して、スーホを助け、羊番をした。
ある日、街の競馬にスーホと白い馬が優勝した。殿様は、白い馬を気に入り無理に召し上げてしまった。白い馬は、草原へ逃げ帰る。追手に何本も矢で打たれ、スーホのそばにたどりつくと息絶えてしまう。
嘆き哀しむスーホの夢枕に白い馬がたち、その馬の骨、皮、筋、毛、尾で楽器を作るよう頼む。
出来たのが馬頭琴。スーホはどこでも馬頭琴を奏で、草原中に響き渡るような声で歌った。いつか、馬頭琴は蒙古草原中に広まった。走り尽くし疲労困憊した馬の尾が妙なる音を奏でるという。
外の闇は、自分の手が見えないほど深い。
ぎらぎらと青いバッタが、勿忘草の葉から葉へ乱舞し、ホタルみたいに妖しく光る。
地平線すれすれから天空一面に張り付けたような満天の星。
射るような強い輝きと、ひょいと掴めそうな近さ、数の多さ、一つ一つの星の大きさに圧倒されて、言葉もない。
草の湿った匂いを一杯に吸い込むと、20年位長生き出来そうな気がした。 馬頭琴の低く柔らかい音色が草原の遥か彼方までのびやかに響く。
夜の気温の落ち込みは厳しく、パオ内で、セーターを全部着込んでも、まだ寒かった。 天窓から無数の星が降り注いでいる。
帰路、草原で屈強の大男の運転手とガイドが、せっせと野草で花束を編んだり、うつむいて珍しい小石拾いをしていた。私へのプレゼントだった。花も石も珍しい草原では、心の籠った贈り物だ。優しい気持が嬉しかった。
でも今の若者は、家とテレビと冷蔵庫と車のある生活を夢見て、街に出て行ってしまうそうだ。テレビもラジオも時計も電気も電話もない。交通手段は馬だ。 無駄なものは持たない。心豊かなシンプルライフだ。 陽が登ると起き、暗くなると寝る。牧草を探し、寒ければ丘の窪みに、暑ければ日陰に寝る。 自然の移ろいと共に旅する遊牧生活は、原始からの人間生活の原点だ。でも今の若者は、家とテレビと冷蔵庫と車のある生活を夢見て、街に出て行ってしまうそうだ。
Copyright1998 Setsuko Watanabe